(仮)blog

雑記、ぼやき、たまに楽しいこと、適当に綴ります。ヴァイオリンネタが多いかもしれないです。

痛みに癒されている

いつもの時間、いつもの電車でいつものように会社に来ています。


昨日は、がくんと落ち込んでぼーっとしていたものの、食事中に見ていたアニメ動画をみてばかみたいに笑っていた。
そんな自分を、ものすごく軽薄だなと思って嫌悪したものの、どこか不自然な笑いのようにも感じました。
相方も、「ていうかいちいち全部読めるだろ?!この展開。なぜにそこまで爆笑できるのかわからない」と呆れています。
いや、このお約束の笑いの絶対的な安心感ってある。

そんな緊張感のない幸福な安心感に、懸命にすがっていたようにも思えます。


などと言いつつも、こうやって笑えたり、ふつうにお酒を飲みながらおでんを食べれたりすることに、やはり罪悪感を感じずにいられませんでした。
今回のことで、結果は散々だったものの、あの言いようのない苦しさや居心地の悪さから解放されて、明らかに安堵している自分がいる。
こんなふうに、一方的に人を傷つけておきながら、わずかでも楽になっている自分が許せないのです。


わたしはいつもどこか感情がしらじらしく感じて、本当に喜んでいるのか、怒っているのか、悲しんでいるのか疑問に思うことがあります。
「こういう場面ではこういう感情にならなければならない」という指令に基づいてそう振る舞っているんじゃないかと。
これは本当に心からの、真っ当な感情なんだろうか?そう考え始めると、もしかしたら人間として致命的な欠陥があるのかもしれないと不安になるのです。
その分をごまかすように、表に出す感情表現は意識して盛っているように思えて、余計に気持ちが悪い。
だけど、以前感じた、あのわくわくした感じとか、嬉しかったり心配に思う気持ちは本当に心の底からストレートに生じている気がして、間にある指令装置のようなものがない心地良さとか安心感が、そして数少ないそのような対象が、自分にとって、本当に大切に思えたのです。


って、あれ??自分で書きつつ、一体何が言いたいのかわからなくなってきた・・・。


まあ、そんな感じで罪悪感に苛まれていたわたしですが、身体に真っ当に不調が出ているので、安心しているところです。
まず、あれからずっと、喉の閉塞感があり、ゆったりと座っていても常に呼吸が浅く息が上がった感じで、やや声が出にくくなっています。
ストレスと緊張で、交感神経が過度に働いているようです。
さらに、嫌なことがあった時にいつもおこる頭痛も起きて、これも過度の緊張によるもの。
心臓あたりはずっと違和感や薄い痛みが続いているけれど、これは今のところ、原因ははっきりしません。


そんなわけで、すんなりと訪れてくれた身体の痛みが、心の痛みをわずかながらに慰めています。
これも自己満足で、根本的な解決にはなっていないとしてもです。
これまで、M属性の人がまったくもって理解できなかったけれど、もしかしたら、どこかで何か罪悪感を抱えているのかもしれない。
合っているか判らないけれど、なんとなく気持ちが理解できるような気がした。



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